黒人兵脱走の土管

城野分屯地跡ー町かど町はずれ

北九州市などが「ゼロカーボン」な街づくりを進める、陸上自衛隊城野駐屯地は戦後、米軍基地だった。さらに松本清張の代表作「黒地の絵」の舞台でもあり、1950年7月10日、朝鮮戦争の最前線に投入される黒人兵が祇園太鼓の練習の音に故郷を思い、脱走したとされる「土管」が今も残っている。

脱走した兵士らは近隣の民家に押し入り、無法の限りを尽くしたが、当時は新聞記事にもならなかった。新聞社勤務の清張はこの報道しない、という点にも言及し、今でいう官民報の癒着体質にもチクリ。

市民団体からは「どの土管だったか、は問題ではなく、文化財としても保存すべき」との声も出ている。

同跡地の再開発を担当する市建築都市局は「来年度、城野一帯を文化財調査し、その上で残すべきものが他にもあれば検討していく」と、「これから」と強調した。

(2011年9月21日付)

 

 



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