自由法曹団創立 「布施辰治」上映会

  民衆とともに生きた弁護士

 

 「生きべくんば民衆とともに 死すべくんば民衆のために」―。

 自由法曹団創立に関わり、関東大震災での朝鮮人虐殺の真相究明と抗議活動など、明治・大正・昭和を生きた弁護士、布施辰治のドキュメンタリー映画が6月4日(土)午前11時と午後2時から2回、小倉北区の市立男女共同参画センタームーブ大ホール(2階)で上映される。日本の労働者のみならず、朝鮮や台湾などの社会的弱者に寄り添い、弁論活動を続けた布施辰治。昨年の韓国併合百年を記念して製作されたが、日本の司法界の現状や日韓の歴史認識、また辰治の生誕地が大震災で甚大な被害が出た宮城県石巻市であり、辰治の生き方を通して、現代人に多くの課題を問いかける1本だ。自由法曹団・北九州支部と国民救援会・北九州支部、治安維持法犠牲者国賠要求同盟門司・小倉、八幡・遠賀支部が呼びかけ人となり、上映実行委員会を結成した。

 実行委員会によれば、布施辰治は日本の法曹界ではあまり知られていないが、韓国人の間では知名度がある。2004年に日本人としては初めて韓国の「建国勲章」を受けている。この勲章受賞がドキュメンタリー映画製作のきっかけになった。前売り券は1000円。当日券は1300円で、大学生800百円、高校生500百円。問い合わせ℡093(571)4688。

    判事辞め、弁護士に

 布施辰治は1880(明治13)年、旧蛇田村(現在の石巻市)に生まれた。昨年は生誕130年だった。1902年に判検事試験に合格し、宇都宮地裁検事代理として法曹界に入った。当時、足尾銅山鉱毒事件で世間は大騒ぎ。検事就任まもなく辞任し、弁護士活動をスタートした。

 その後、全国各地で弁護活動を展開し、1918年の米騒動事件や朝鮮独立運動弾圧に対する弁護を引き受けた。21年、神戸三菱・川崎の両造船大争議に関連し自由法曹団を創設に関わった。23年には朝鮮独立運動の義烈団事件の弁護のため朝鮮に渡り、関東大震災での朝鮮人虐殺事件で真相究明・抗議に走り回った。

    治安維持法違反で逮捕

 精力的な弁護活動に権力側は攻撃を加え、29年に不当な弁護活動で起訴、翌30年は新聞紙法、郵便法違反で起訴。獄中も経験した。34年は治安維持法違反で起訴。2度も弁護士資格を奪われた。終戦直前の44年には三男、杜生が治安維持法違反容疑で獄中死した。

 戦後も弁護活動は休まることなく、三鷹事件の弁護団長、メーデー事件、松川事件の弁護も務めた。53年9月、永眠。

 石巻市には辰治の顕彰碑が建立されており、前述の「生きべくんば・・・」という辰治の信条が刻まれている。石碑は震災被害を免れたという。

?(2011年5月21日付)



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