城野遺跡保存へ

 石棺の人物画 祭祀行為を指摘

 北九州市芸術文化振興財団・埋蔵文化財調査室は3月末、弥生時代終末(約1800年前)の方形周溝墓や、人物画らしき模様が描かれた石棺などが発見された城野遺跡(小倉南区)の報告書を発刊した。同調査室は「今回、報告書を出したので、(石棺の模様について)全国から意見が寄せられるのではないか」と議論の広がりを期待している。今後の同遺跡の取り扱いについて市教委員会文化財課は方形周溝墓や住居跡、玉づくり工房跡などの「保存を検討している。具体的(な方法)はまだ。まずは市教委内部でまとめたい」と話しており、2011年度中に具体策をまとめたい考え。同報告書は近く、市教育委員会や関係機関に提出・郵送される。

 模様が描かれた石棺は現在、同調査室の特別所蔵庫にあり、劣化による剥離や模様が薄くならないように措置している。いずれ一般公開する予定。

 同報告書は今回初めて、南側石棺に描かれた模様の実測図(上図)が示された。方形周溝墓からは2つの石棺が見つかった。埋葬されていたのは幼児であることが判明しており、石棺内側は水銀朱が大量に塗られていた。

 「模様」については3月開催の発掘報告会で担当の谷口俊治学芸員が、中国の文献「周礼」に登場する、戈と盾を持ち4つ目の仮面を被った葬送儀礼を担う人物「方相氏」ではないかと指摘する東京大学の設楽博巳教授(日本考古学)の見解を紹介。同報告書でも同趣旨の考え方をまとめている。

 その歴史的意義にも触れ、武器を持つ人物が石棺内に描かれている点から邪悪なものから守ると推測することは妥当とし、なんらかの祭祀行為が行われていた可能性を指摘している。方相氏が文献に初めて登場するのは6世紀末。土器などに描かれたのは紀元前1世紀。墓石に描かれた方相氏の例は無く、確認されれば全国初。

 北部九州最大級の方形周溝墓が発見された城野遺跡は、一大集落が形成されていたと見られ、近くでは重留遺跡や重住遺跡が発見されている。

(2011年4月11日付)



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