白島石油備蓄基地の今

劣化進み 崩壊の危険増大

 

 2002年12月3日、福岡地裁小倉支部(古賀寛裁判長)は「安全確保は実験で確認済み。安全対策も講じられており、備蓄原油の大量流出や火災・爆発などの具体的危険は認められない」と、占い師のような判決を白島石油備蓄基地への原油貯蔵差し止め訴訟原告らに言い渡した。

 オイルショック以後の対策として若松区沖に浮かぶ白島に国策で石油基地建設が着工されたのは1984年。他にも全国10か所に石油公団が石油基地を建設。ここ白島の建設費4300億円。他施設の建設費とは桁違いだった。

 着工から3年後1987年2月3日。8割がた完成した東側堤防が台風で決壊した。元市議の野依勇武著「海流に民の声」によると「巨大なケーソンが海底のマウンド(石積み)から転落している。コンクリートの塊のまま斜めになり天を仰いでいる」。その後3年間、工事は止まった。1997年、1隻が戦艦大和の2倍半の大きさの貯蔵船八隻を荒波に浮かべた。

 着工から26年、決壊から23年。オイルインから13年。石油備蓄基地はどうなっているのか。「響灘を危険物のごみ捨て場にする名の会」と「北九州いのちと自然を守る会」の現地調査に同行した。

 若松区北湊から約20分。最初に目に飛び込むのは赤い船体の貯蔵船。現在6号船が浮かび上がっているのは中の原油を抜き、現地でダイバーにより検査をしているからだ。浮いている間に台風でもくればケーソンは破壊され、どうなることやら。

 白島は女島と男島があり、基地は男島南側に建設されている。北側はさしずめ呼子の7つ釜のような奇岩が並んでいる。 島の東側が23年前決壊場所。そこに原油タンカーが横付けされ、800㍍の配管橋が波に洗われて、フジツボや牡蠣が張り付いていた。橋を支える柱のボルトが錆びている。東側のケーソンは貯蔵船を守る城壁のようなもの。その城壁がひび割れていた。白く見えるのは補強した跡。膏薬のように貼っているのはひび割れが広がっていたのだろうか。

 白島基地の危険性は世間に知らされていない。だがこの夏のような酷暑で貯蔵船の中の石油ガスが充満していることは素人にもわかる。佐賀在住の故山下弘文氏がルポしたものに以下の文がある。「原油ガスは導火線に匹敵する。原油ガスから無制限に発生するからダイナマイト以上に危険」とし、特に「タンクの洗浄時、何かの拍子に空気との均衡が破れ、大気が爆発力を持つ」。一度爆発すれば、70万トンの原油は海にながれ出し、火の海となって沿岸に寄せてくる。

(2010年10月21日付)


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